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福岡地方裁判所小倉支部 昭和34年(わ)41号 判決 1959年10月29日

被告人 宮本三千春こと許道

昭八・二・二八生 人夫

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、「被告人は岡崎賢幸外二名と共に昭和三四年一月一二日午後七時頃中間市昭和町新開地料理店道草こと品川光子方において同店女給森下カズ子(当時一九才)外二名に対しウイスキー、ペパーミントの注文をなし同女等をして真実代金の支払をなしてくれるものと誤信させてウイスキー十杯、ペパーミント三杯合計価格九〇〇円相当を提供せしめて飲酒しながらその代金の支払をしないで逃走しようと決意し同女等に対しその事情を秘し一寸便所に行く旨申し欺き同女等をしてその旨及びその後で直ちに確実に代金の支払を受けられるものと誤信させ、よつてその場を離れて便所に赴いた上ひそかに逃走し、もつて右代金の支払を免れ財産上不法の利益をえたものである。」というのである。

しかしながら、本件においては被告人が前記酒類の提供を受ける前から欺罔の意思を有していたことを認めるに十分な証拠はなく、また、一般に刑法第二四六条第二項の詐欺利得罪が成立するためには、被欺罔者の処分行為によつて欺罔者自身又は第三者が財産上の利益を得たのでなければならないところ、本件において被欺罔者である森下カズ子外二名においてこのような処分行為をしたことを認めることができる証拠もない。すなわち、詐欺利得罪における右のような処分行為といいうるためには、被欺罔者の行為がそれ自体少くとも被欺罔者の側における権利の喪失義務の負担その他財産上の損失の招来を内包する作為又は不作為であること(例えば債務免除、支払の猶予、担保不提供の容認などの場合はその典型的な場合であろう)が必要であると解されるのであるが、この点に関し本件において証拠上認められるところは石川光子の経営する料理店道草の女給森下カズ子外二名が被告人において同店の便所に赴くことを容認したこと(すなわち、その便所から更に他所に赴くことも容認したものではない)のみであつて、右三名に石川光子の前示のような財産上の損失を内包する作為は勿論そのような不作為のあつたことを認めるに足りる証拠はないのである。

したがつて、本件は犯罪の証明がないことに帰するので刑事訴訟法第三三六条の規定に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川俊一)

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